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東京地方裁判所 昭和47年(モ)3491号 決定

申立人

熱海チイ

外三五二名

主文

一  別紙申立人目録記載の申立人らのうち、後記第二項および第三項に記載の申立人らを除くその余の申立人らに対し、いずれも訴訟上の救助を付与する。

二  申立人竹田鈴、同水野きみ子、同天野清子、同小花つたえ、同藤原シマ、同山本千鶴子、同風間講平、同藤沢瑞恵、同石橋良介らに対し、いずれも民事訴訟費用等に関する法律第三条による手数料の納付について、訴訟上の救助を付与する。

三  申立人野田嘉文、同笠原よしえ、同横田悦子、同鵜飼澄子、同安藤実枝、同高村次郎らの本件各申立を却下する。

理由

一主文第一項掲記の申立人らについて

疎明資料によれば、右申立人らは、いずれも民事訴訟法一一八条にいう「訴訟費用を支払う資力なき者」にあたるものと認められ、かつ、その本案訴訟は弁論の全趣旨に徴し、勝訴の見込みがないとはいえないものである。よつて、右申立人らの本件申立は理由がある。

二主文第二項掲記の申立人らについて

(一)  疎明資料によれば、つぎの事実関係が認められる。

(1)  申立人竹田鈴は、同居の夫の収入に頼つて生活しており、夫は給与所得者として年収二〇七万円を得ていること、

(2)  申立人風間講平は、農業を営み、年収一九八万円の所得を、同居の長男が同業に従事して年収二五万円の所得をそれぞれ得ていること、申立人の妻は脳軟化症のため自宅療養中であり、そのほかの同居の家族として長男の妻、孫一人が居ること、

(3)  申立人水野きみ子は、保険外交員として年収一六四万八、二二九円を得ており、独身であること、

(4)  申立人天野清子は、同居の夫の収入に頼つて生活しており、夫は給与所得者として年収二四八万八、二一八日円の所得を得ていること、家族としてほかに無職の子供一人が居ること

(5)  申立人山本千鶴子は、現在本案で主張しているスモンの疾患により失明状態にあり、同居の夫の収入に頼つて生活していること、夫は給与所得者として年収二五〇万二、三八〇円の所得を得ていること、家族としてほかに未成年の子供二人が居ること、

(6)  申立人小花つたえは、同居の夫の収入に頼つて生活しており、夫は給与所得者として年収二四七万九、〇五三円を得ていること、家族としてほかに無職の子供一人が居ること、

(7)  申立人藤原シマは、年金三四万二、五〇四円を受けており、同居の夫は給与所得者として年収二二四万四、四一〇円を得ていること、ほかに家族として娘夫婦が居ること、

(8)  申立人藤沢瑞恵は、同居の夫の収入に頼つて生活しており、夫は給与所得者として年収二七三万四、六一九円を得ていること、家族としてほかに無職の子供二人が居ること、

(9)  申立人石橋良介は、給与所得者として年収二〇〇万九、〇〇〇円を得ており、家族として妻、幼小の子供二人が居ること

(二)  申立人らの本案訴訟は、弁論の全趣旨に徴し、勝訴の見込みがないとはいえないものと認められる。

(三)  以上の各事実のほか、それぞれの疎明資料によつて明らかなその他の事情を合せ考えるとこれらの申立人は世間でいう貧困者ではないが、なお本件については、訴訟救助を部分的に与えるのを相当とするものと考える。よつてこれらの申立人らについては、民事訴訟費用等に関する法律第三条による手数料の納付に限定して訴訟上の救助を付与することとする。

三主文第三項に掲記の申立人らについて

(一)  これらの申立人らの本案訴訟はその弁論の全趣旨に徴し、勝訴の見込みがない場合ではないことが認められ、その疎明資料によれば、申立人らは、いずれもスモン病の疑にて通院加療中の身であることが認められる。しかし、他方、疎明資料によると、以下の事実関係が認められる。

(1)  申立人野田嘉文は、給与所得者として年収(税込み、以下同じ)五五〇万一、八六九円を得ており、家族として妻、子供四人が居ること

(2)  申立人笠原よしえは、かねてから長男隆宅に同人の家族として同居し、右隆には年収八七二万七、一四五円の所得があること

(3)  申立人横田悦子は、同居の夫の収入に頼つて生活しており、夫は船舶設計事務所を経営して年収四六一万一、四八四円を得ていること、夫は一、一五三万六、〇〇〇円の債務を有するけれども、それは営業資金として貸付けを受けたものであること、家族としてほかに子供三人(うち未成年者一人)が居ること

(4)  申立人鵜飼澄子は、同居の夫の収入に頼り生活しており、夫は給与所得者として年収三三三万一、三〇〇円を得ていること、家族としてほかに無職の母、姉が居ること、

(5)  申立人安藤実枝は、同居の夫の収入に頼つて生活しており、夫は税理士として年収五〇五万五、〇〇〇円を得ていること、家族としてほかに子供一人が居ること、

(6)  申立人高村次郎は、会社役員として年収六一二万円を得ており、家族として妻および子供一人が居ること、

(二)  以上の各事実によれば、これらの申立人らは、わが国の現時の一般的国民生活の水準からすれば、中等またはそれ以上の生活を営んでいるものというべきであり、これら申立人のなかには、現に、スモン病の治療費の支払いや、家政婦への支払などについてかなりの支出を余儀なくされている者のあることも知りうるのであるが、そのような事情を考慮に入れなおこれらの申立人らは、「訴訟費用を支払う資力がない者」にあたるものとは認め難い。よつて、右申立人らの本件申立は却下するのほかはない。

四最後に、当裁判所が上記のように救助の可否を決めるに際し、考慮した基本的な考え方の二、三について述べる。

(一)  思うに訴訟救助の制度は、訴訟費用を支弁するだけの資力のない者にも、できるだけ裁判を受ける機会を与えようとする考え方のあらわれであり、新憲法において第三二条(裁判を受ける権利)、第一四条(法の下の平等)等の規定が設けられた後においては、従前、時に考えられていたように、それが「貧困者に対する国の恩恵的制度」であると思念することは、憲法の要請に十分こたええないものと考える。すなわち、一般論としては、必要ある場合に国が訴訟費用を立替え支弁することは、国民から民事裁判権を信託された福祉国家の財政上の義務であると考える。

(二)  しかし、民事訴訟法においては、その適用につきわずか第一一八条の一箇条しかおいていないので、前記のような憲法上の要請にこたえるためには、いろいろと問題がある。まず、法文にいう「訴訟費用を支払う資力なき者」という要件であるが、それは、世俗的にいえば生活の楽でない貧困者ということになろう。しかし、法律的に、しかも実体的に言えば、「具体的事件につき、国が訴訟費用の全部または一部を立替え支弁するのを相当とする程度の貧困者」ということになろう。したがつて、救助制度の運用については、まず、わが国の現時点における国民の一般的生活水準を考え、これと申立人の資産収入を対比し、さらに本案事件の性質内容(ときには相手方の資力も)をも考慮することが重要であると考える。本案事件の性格を考慮に入れるとなれば、一定額の収入を得ている者が甲事件においては貧困者として救助を認められたのに、乙事件においては貧困者ではないとして却下される可能性も考えられるであろうが、運用上そのような可能性の余地をのこすことが、むしろ制度の趣旨にかなうものと思われる。ところで、本件申立人らの本案訴訟は、他の一般民事事件において屡々みられるように、特定人との間の取引上の利益追及のためなどという目的に基づくものではなく、申立人が被告らのキノホルム等を含む薬品製造の許可、これに基づく製造販売、同薬品の投与等における過失によりいわゆるスモン病に罹患し甚大な損害を受けたことを理由として、金銭賠償を求めるものであり、広い意味では公害事件の範疇にも属するので、いわゆる貧困者(訴訟費用を支払う資力なき者)の認定については、これを比較的ゆるやかに取扱うことが適切であると考える(たとえば、申立人の家族構成の実態をも考慮に入れ、年収一七〇万円ないし一八〇万円位の所得のある申立人についてもなお、これを貧困者として全面的に救助を認めたものもある)。

(三) つぎに主文第二および第三項に掲げる申立人らについては、申立人自身無資力、無収入であろうことが推認できても、その配偶者(主として夫)などにおいてかなり高額の収入があるため申立を却下し、あるいは部分的に救助を認めたものがある。

それは、いわゆるスモン事件として、当庁には既に数百名に及ぶ原告が(正確には現在のところ、原告の数は九七六名であるが、将来漸増すると考えられる)同種の訴を提起し、そのすべての者が本件と同様に救助の申立をしているので、その原告ら同志の間の公平をも図ろうと考えたことに大きな理由がある。つまり、たとえば、ある未亡人である単身の申立人が二〇〇万円位の年収があり、他に考慮すべき特段の事情がないため、申立を棄却されたことがあるとすれば、年収五〇〇万円もある夫と同居している申立人が平素家事に従事しているため無収入であることを理由に、これに全面的に救助を認めることは、前者との均衡上、生活感情のうえで公平ではなく、非常識のそしりを免れえないと思われる。

なるほど、民法は夫婦別産制をとつており、夫の財産と妻の財産とは法律上一応区別されてはいるが、民事訴訟法一一八条にいう「訴訟費用を支払う資力なき者」の判定にあたつては、申立人の資産収入の多寡にかかわらず、その生活の実態を直視して、それほど甚大な犠牲を払うことなしに、実際問題として、とにかく訴訟費用を出せる者といえるかどうか、気の毒な生活情況のため、事案の性質上、国が立替え支弁するのが相当かどうかという観点に立つて、諸般の事情を考慮することが、解釈論としても穏当であり、かような態度の方がむしろ、国民感情にもマッチするのではないかと思われる。そのような立場に立つならば、前記のように年収五〇〇万円もとる夫を持つ申立人は、現在の国民生活の水準からすれば、経済的には一応「恵まれた身分」のひとと言えるから、他に特段の事情のない限りは、救助の対象から外されても、また止むを得ないことと考える。つまり、当裁判所は、申立人が独立していない未成年者である場合、または申立人に同居の配偶者がある場合には、本人のみならず、同居の親または同居の配偶者の資産収入をかなり重要視したのである。これに伴ない、申立人が無資産無収入でも、前々から、成人した子女や親などの家にその家族として同居し、しかもその扶養者の資産収入がかなり高額であるため、世間の目からすれば、なお「お金持ちの家の方」だとか、あるいは、「らくに生活している人」だと一般に見られるような実情にある場合には、特段の事情のない限り、救助の対象から除外し、あるいは部分的にのみ救助を与えることとしたのである。

よつて、主文のとおり決定する。

(伊東秀郎 小林啓二 鎌田義勝)

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